大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)7049号 判決 1969年1月29日
原告
松尾幸子
被告
大福木材株式会社
主文
一、被告は、原告に対し金二、二〇七、五七二円および右金員に対する昭和四三年一二月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告のその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用はこれを三分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告において原告に対し金一、五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行に免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告は原告に対し金三、六〇九、九四一円および右金員に対する昭和四三年一二月二五日(本訴口頭弁論終結の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四一年一二月一五日午前一〇時ごろ
ところ 大阪市西成区松通五丁目六番地先、原告自宅前路上
事故車 小型貨物自動車(泉四さ九五七六号)
運転者 訴外安保 峰雄
受傷者 原告
態様 事故車が右道路を西進したとき、同車に積載されていた道路工事用標識が落下して原告に当り、原告が負傷した。
二、事故車の保有
被告は事故車の保有者である。
三、運転者の使用
訴外安保は被告の従業員である。
四、損益相殺
原告の後記損害に対しては被告より金六〇〇、〇〇〇円が支払われている。
よつて原告の後記損害額よりこれを控除すべきである。
五、本訴請求外の支払
原告は本訴請求外の損害に対し被告より金八二、九二九円の支払を受けた。
第三争点
(原告の主張)
一、責任原因
被告は左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
根拠 自賠法三条、民法七一五条
該当事実 前記第二の二、三および左記事実
(一) 事業の執行
本件事故当時、訴外安保は、被告の営業のため材木を運搬中であつた。
(二) 運転者の過失
訴外安保は、材木を満載した上に道路工事用標識を載せ、落下を防ぐ充分な措置を講ぜず漫然と発進したため右標識を落下させた。
(三) 被告の主張について
右標識は原告が訴外谷某に頼まれて保管していたものであるところ、原告自身は被告とは日頃交際がなく被告の業務は知らないが、被告の従業員である訴外安保や事故車の助手である訴外山田勉が訴外谷に頼まれて標識を取りに来たと言つてきたので、これを渡したにすぎず、原告の方から標識の積載を依頼したというのは事実に反する。
仮りに、被告の運転手や助手が、被告に無断で原告方へ立寄つてより道をしたのであり、それが運転手らの権限外の行為であつたとしても、それはあくまで被告の材木運搬途上の出来事であり、被告が雇用、使用していた運転手が業務執行の途上より道をして事故を惹起したと言うにすぎず、被告は訴外安保を信頼して事故車の運転を任せていたのであるから、その運行によつて生じた事故につき損害賠償責任を負うべきは当然である。
二、損害の発生
(一) 受傷
(1) 傷害の内容
頭部外傷単純型兼頭部挫創兼鞭打症候群
(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)
(イ) 入院
自四一・一二・一五―至〃・〃・二八 於大阪済生会西成病院
(ロ) 通院
(a) 自四二・一・五―至〃・〃・三〇 於前同病院
(b) 自四二・一・三一以降通院治療中 於北野病院
(二) 療養関係費
原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。
(1) 治療費 四八七、九六五円
但し、昭和四二年三月二三日から同四三年一一月一八日迄の分。各月の明細は別紙一覧表記載のとおり。
(2) 通院交通費 八六、一七〇円
但し、前同期間中の分。各月の明細は別紙一覧表記載のとおり。通院にタクシーを使用したのは医師の治療上必要との指示によるものであるが、大阪市立大学附属病院に転医してから往路はタクシーを使用し(料金一二〇円)、復路は市バスを使用している。
(3) 診察費 一二、〇二六円
但し、大阪大学附属病院で診察を受けた際の費用。
(4) 交通費 一、七八〇円
但し、右病院への交通費
(5) 家政婦附添費 四二、〇〇〇円
入院中の附添看護料および退院後の昭和四二年二月二八日迄の附添ならびに家事手伝費として訴外南浦政子に支払つたもの。
(三) 逸失利益
原告は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。
右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
鼻緒加工業。鼻緒の卸小売店である都屋商店の下請。
(2) 収入
(イ) 委託加工賃 年間一、六九一、五一五円。
但し、昭和四一年一月より同年一二月までの間に右都屋商店より委託加工のあつた鼻緒合計七二、八七五足を加工したことに対する加工賃。
(ロ) 利益率
五〇パーセント。
(ハ) 純利益
年間八四五、七五七円、月額平均約七〇、〇〇〇円。
(3) 休業期間(昭和・月・日)
事故後引続き休業。
(4) 逸失利益額
右休業期間のうち昭和四一年一二月一六日から同四三年一二月一五日まで二四ケ月間の逸失利益額は金一、六八〇、〇〇〇円。七〇、〇〇〇円×二四=一、六八〇、〇〇〇円。
(四) 精神的損害(慰謝料) 一、五〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 前記傷害のため一時意識不明になり入院当初は絶対安静を要した。
(2) 現在も右手および右足がしびれ、吐気、めまい、頭痛に突然襲われ、平穏な日常生活ができない。
(3) 原告は家庭の主婦でありながら、前記受傷が原因で主婦の役割を果すことができず、そのため病弱の夫や義父に絶大な迷惑をかけ、非常に心苦しい生活をしいられている。
(4) 原告の入院中、夫が欠勤して看護したりしたため金二九、四四三円の給与、手当を失い、その他入、通院中の雑費として金一二五、二六九円、強制保険金請求手数料金二六、〇〇〇円等の出費を余儀なくされた。
(5) 以上によれば、原告に対する慰謝料は優に一、六〇〇、〇〇〇円をこえるべきものであり、少くとも一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。
(五) 弁護士費用
原告が本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は次のとおり。
着手金 一〇〇、〇〇〇円
報酬 三〇〇、〇〇〇円
但し、仮処分手続に対する報酬を含む。
(被告の主張)
一、被告の無責
(1) 被告は、事故車の保有者ではある本件事故については、運行供用者としての責任を負わない。本件事故当時、事故車は専ら原告のために運行され、原告がその運行利益を有していたのであるから、右運行によつて原告が蒙つた傷害につき被告が賠償責任を負うべき理由はない。
すなわち、本件事故は原告宅に置いてあつた私製道路標識を事故車に積んで運搬しようとしていた際に発生したものであるが、右運搬を依頼したのは原告であり、現に原告自身訴外安保や同山田勉と一緒に材木を満載した事故車の上に右標識を積みあげていたものであつて、この仕事は専ら原告のためになされたものであり、しかも、事故車を動かしたのは後続車を避けて更に積み残した原告方の荷物を積ませるためであつた。
(2) そして、原告は右道路標識の積み込みが被告の業務と全く関係のないことを知つていたのであり、少くとも承知しうべき事情にあつた。すなわち、原告は、当時の事故車の運行が被告の運行支配運行利益を逸脱していることを知りながら、あえて訴外安保に前記道路標識を運搬させたものであり、このように権限外の行為であることを知りつつそれをさせた、ないしは共同してなしたものは外形理論による保護をうけえず損害賠償請求権を有しない。
(3) しかも、本件事故の原因は材木を満載している事故車の上に標識をのせたことに起因するものであるが、原告は右道路標識の積み上げを一緒にしており危険であることを承知しつつなしたものであるから、事故の原因は原告の共同行為に起因するものと言うべく、原告は危険を自から選択し負担しているものである。したがつて、このような場合、原告から被告に対する損害賠償請求は、これをなし得ないものと言うべきである。
二、原告の請求の不当性
(一) 原告の病状について
原告はその主張の如く一四日間入院し退院後翌四二年二月三日まで三七日間通院(内治療実日数八日間)したが、その傷害は同年二月二八日には完全に治癒している。大阪済生会西成病院では、脳波検査、頭部、頸椎のレントゲン(各四ツ切四枚)をとつたがいずれも異常はなく、その他圧痛・腱反射・知覚・瞳孔・血液・眼底等のあらゆる検査をうけたが異常は全くなかつた。同病院での担当医は三名であるが、いずれも、原告は自覚症状を訴えるがそれに合致する他覚的所見は全くみあたらずいわゆる補償ノイローゼで示談解決すれば問題はない、精神面が問題であつてこれ以上医師としては処置することはないとまでいつていたものである。なお、大阪市立大学附属病院での脳波検査でも異常はなかつたものであり、仮りに、原告主張の症状があるとしてもそれは本件事故とは全く因果関係のないものであるから、たとえ、被告に責任ありと認められる場合でも慰謝料、逸失利益は昭和四二年二月二八日の治癒までを限度とすべきである。
(二) 治療費・通院交通費について
前期治癒時までの全額は被告において支払済であり、その後の分は本件事故と因果関係がないから、被告には支払義務はない。
(三) 家政婦・附添費について
医師の診断によれば附添を要した期間は入院当初の七日間のみである。したがつて、右費用のうち本件事故と相当因果関係のあるものは右期間中、一日九〇〇円の割合により算定した金六、三〇〇円というべきである。また、原告は治癒までの附添費を請求しているがその間の逸失利益をも請求しているのであるから、右附添費は当然認められないものである。なお、南浦政子は原告宅の極く近所に住んでおり原告の妹か義妹であり原告宅と一緒に鼻緒加工をしているものである。
(四) 逸失利益について
原告は、都屋商店の下請として鼻緒の加工をし、月額約七〇、〇〇〇円の収入を得ていたと主張するが、原告は小さい子供二人をかかえた主婦であり、家事と子供の世話をしたあとでなおかつその主張の如き収入をあげうるとはとうてい信じ難い。特に鼻緒業界が下駄をはく人が激減したため斜陽産業となり、戦前日本橋近辺で繁栄していた店も次々と倒産、整理、職業替をしている状態にあり、現に前記都屋商店も昭和四一年度で廃業していることに照らすと、原告主張の数額は全く信じ得ないものである。
仮りに、原告主張の如き委託加工賃が支払われていたとしても、右金額の中には、原告が下職として常時使用していた近所の主婦等一〇ないし一五名に対して支払われるべき分および材料費、運搬費等の必要経費の殆んどが原告負担のものとして含まれており、右主婦らの内職収入を一時間当り八〇ないし一〇〇円、平均内職時間を四ないし五時間とすれば、右下職に対する支払は一人平均一〇、〇〇〇ないし一五、〇〇〇円、年間総額一、二〇〇、〇〇〇ないし一、五〇〇、〇〇〇円となり、これを控除したものが原告宅の荒利益となる。
しかも、右加工は原告一人が行つていたものではなく、原告の父もこれを行つていたものであり、原告とその父が共同して仕事をしていたと考える場合、その寄与率は父が七、原告が三の割合と考えるのが妥当である。
そうすると、原告自身の収入はせいぜい毎月一五、〇〇〇円程度と言うべきであり、原告の傷害が治癒した昭和四二年二月二八日以降は勿論、それまでの通院中も原告のように自宅で仕事をする場合当然仕事ができるものであり、仮りに不便であるとしても少くとも平常の八〇パーセント位の能率はあげうるものであるから、原告の全治までの逸失利益はせいぜい二五、〇〇〇円内外にすぎない。自から所得申告をしたこともなく夫の扶養家族となつている原告が月収七〇、〇〇〇円の主張をするのはきわめて不当と言うべきである。
(五) 慰謝料について
前記原告の治癒状況からみて原告主張の慰謝料額はきわめて過大である。
三、過失相殺
仮りに、被告に責任ありと認められる場合には、被告が既に支払つた金額(合計六八二、九二八円)および被告の未払金額を合計したものを総損害額として、少くともその六割を過失相殺すべきである。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する判断
一、責任原因
被告は、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
根拠 自賠法三条
該当事実 前記第二の二、三および左記事実
(一) 〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。
(1) 前記事故車から落下した道路工事用標識は、以前、原告宅において訴外谷某に水道工事を依頼したときに使用されたもので同訴外人の所有するものであり、原告が同人からしばらく預つておいてほしい旨頼まれて保管していたものであること。
(2) 事故車に助手として同乗していた訴外山田勉は被告の従業員であるが、右谷某の友人であつて、かねて、訴外谷から原告宅に預けてある前記標識を引取つてきてほしい旨依頼されていたものであり、事故車の運転手訴外安保は右山田に頼まれて被告の得意先へ材木を配達する途中、原告方へ立寄つたものであること。
(3) 原告は、右安保ないし山田から前記道路標識を取りにきた旨告げられてこれを渡したものであること。
(4) なお、原告と右安保および山田とは日頃の交際はなく、原告は右両名の被告会社における職務ないし前記谷との関係については何らこれを関知していなかつたこと。
(二) 以上の事実が認められ、右事実によれば、原告が訴外安保の権限外の行為であることを知りながらあえて前記標識を運搬せしめたとする被告の主張は採用し難く、右標識の運搬が原告のためになされたものでありひいては当時の事故車の運行が原告のためになされたものと認むべき理由はない。
(三) ところで、〔証拠略〕によれば、右標識落下の原因は、事故車荷台の材木の上にこれを載せた後、落下を防ぐための充分な措置をとらないまま事故車を発進、進行させたことにあると認められるところ、被告は原告において右標識の積み上げを手伝つておりこれは自から危険を選択、負担したものであるから被告に対する損害賠償請求は許されない旨主張するのでこの点について判断するに、〔証拠略〕には原告が右積み上げを手伝つた旨の記載があり証人安保も原告が前記標識を訴外山田とともに持ち上げて手伝つた旨証言しているが、原告本人はこれを否定しておりにわかに断定し難いものがあるが、たとえ、原告において右安保の証言の如く手伝つたのが事実であるとしても、前記認定の事実に照らせば、元来、訴外安保および山田においてこそ積荷の安全を充分確認したうえで事故車を走行せしむべき義務を負うものであり、原告は単に便宜ないし情誼上右積み上げを手伝つたにすぎないと認むべきであるから、原告が右積み上げを手伝つたということから直ちに原告が右標識の積み込みおよび運搬に伴う危険までも選択、負担したというのは酷に失して不当であり、これをもつて被告の賠償責任を否定する理由とはなし得ないものと解すべきである。
(四) 以上のとおり、被告の主張はいずれも採用し得ず、元来被告が事故車の保有者でかつ運転者安保の使用者であり、事故当時被告の得意先へおもむく途中であつたこと前示のとおりとすれば、たとえ、訴外安保が原告宅へ立寄つたことが同人の権限外の行為であり被告に無断でなされたものであつても、被告の事故車に対する運行支配、運行利益は未だ排除されておらず、被告は運行供用者としての責任を免れないものと解するのが相当である。
二、損害の発生
(一) 受傷
(1) 傷害の内容
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
(2) 治療および期間(昭和・月・日)
(イ) 入院
自四一・一二・一五―至〃・〃・二八
右期間中、大阪府済生会西成病院に入院、治療を受けたが、受傷時一時意識を失い、入院当初は絶対安静、七日間の附添看護を必要とした。挫創部三針縫合。
(ロ) 通院
(a) 自四二・一・五―至〃・〃・三〇
右期間中、前同病院へ通院。治療実日数八日。同病院では、原告に右上肢のしびれ感、嘔気、軽度頭痛等の自覚症状があり両側大後頭神経痛、軽度鞭打症的病態を認めるが、脳波検査、脳神経学的検査では異常を認めず、頭部および頸部のレントゲン写真でも骨折、位置異常を認めないと診断された。
(b) 自四二・一・三一―至四三・六・一八
右期間中、北野病院へ通院。治療実日数一二五日。同病院では、外傷性頸部症候群の病名で、両側肩腕のしびれ感、頭痛、肩こり、耳鳴り、めまい、悪心等の自覚症状があり、他覚的には右握力の減弱(一二キログラム)、右上肢の知覚障害、大後頭神経の圧痛を認め、頸椎レントゲン写真で第四、五頸椎間にずれを証明した旨診断されている。
(c) 四三・六・七以降
大阪市立大学附属病院へ通院中。同年一一月一八日までの治療実日誠約二〇回。同病院では昭和四三年九月二七日現在、嘔気、肩こり、頭部の痛み、四肢のしびれ感があり、両肩部、頭部に圧痛を認め、右症状は更に長期間後遺症として存続する可能性があると診断された。
(d) なお、大阪大学附属病院では、昭和四三年三月六日、頭部外傷後遺症の病名で、原告本人が右上肢のしびれ感、頭痛、肩こり、めまい、嘔気を訴えるほか、脳波検査にても境界脳波を認め、更に数ケ月の通院、加療を必要とする旨診断されており、当時、上、下肢の腱反射が消失していた。
(e) 原告の頭痛等の症状が最もひどかつた時期は昭和四二年七、八月ごろから季節の変り目にかけてであり、昭和四三年一一月現在、後頭部と頸から上にかけての痛みおよび右手、右足のしびれを自覚している。(〔証拠略〕)
(f) なお、乙一、二号証の記載中、原告の傷害は昭和四二年二月二八日をもつて治癒したとする部分は、その余の上掲各証拠と対比して採用し得ない。
(二) 療養関係費 合計五九七、五七二円
原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。
(1) 治療費 四八七、〇九六円
但し、昭和四二年三月二三日から同四三年一一月一八日迄の分。各月の明細は別紙一覧表のとおり。(〔証拠略〕)
(2) 通院交通費 八六、一七〇円
原告主張のとおりと認めるのが相当。(〔証拠略〕)
(3) 診察費 一二、〇二六円
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
(4) 交通費 一、七八〇円
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
(5) 家政婦附添費 一〇、五〇〇円
原告はその主張の如き費用を支出したものと認められるところ、〔証拠略〕によれば前期入院当初七日間は附添看護を要したことは明らかであり、右期間中一日一、五〇〇円の割合による附添看護料は本件事故と相当因果関係のある損害と認むべきであるが、右以外の分については本件における立証の程度ではいまだ相当因果関係あるものとは断定し難く認容し得ない。(〔証拠略〕)
(三) 逸失利益
原告(三二才)は、本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
なお、被告は、右鼻緒加工は原告の義父(臼男)が中心となつて行つていた旨主張するが、これを肯認せしめるほどの証拠はなく、上掲各証拠によれば、原告の義父松尾長治郎は以前鼻緒加工に従事していた者であるが、数年前健康を害してからは殆んど右仕事には従事せず、時折原告の材料、製品の運搬や下職のすべき仕事を手伝つたにすぎないものと認めるのが相当である。
(2) 収入
(イ) 委託加工費
原告が健康体で事故前と同様に右加工に従事した場合、得べかりし委託加工賃は年間一、六九〇、〇〇〇円は下らなかつたものと認めるのが相当。
(ロ) 利益率
五〇パーセント。
(ハ) 純利益
前記の如く原告の義父が時折原告の仕事を手伝つていたことを考慮すると、原告自身が取得すべき純利益は年間八〇〇、〇〇〇円程度と認めるのが相当。
(証拠、前同)
(3) 休業期間(昭和・年・月・日)
原告主張のとおり。(証拠、前同)
(4) 逸失利益額
右のとおり原告は事故後全く就業しておらず、原告はその主張期間中、前認定の如く年間八〇〇、〇〇〇円の割合で合計一、六〇〇、〇〇〇円相当の収入を失つたものと認むべきであるが、前記原告の傷害の内容および治療の経過に照らすと、原告の健康状態が全く就業を許さない程のものであるか否かは疑問であり、右収入の喪失全部を本件事故と相当因果関係ある損害とは認定し難い。
ただ、前記入院期間中就業し得なかつたのは勿論、通院期間中も症状が悪化し就業し得ない日もあつたであろうし、たとえ就業しても事故前と同様の能率を上げることは困難であつたろうことは容易に推認され、その他、右の如く能率の低下を免れない以上、取引上事故前に比して不利益な取扱をうけるおそれのあることも否定し得ないことおよび前記通院回数とこれに要する時間等を考慮すると、原告主張の期間を通じて平均した場合、前記収入の六〇パーセントの喪失は免れなかつたものと認めるのが相当であり、結局、前記逸失利益のうち本件事故と相当因果関係にある損害として被告に対し賠償を求め得べきものは、その六〇パーセントにあたる金九六〇、〇〇〇円程度と認めるのが相当である。
(四) 精神的損害(慰藉料) 一、〇〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 前記傷害の部位、程度と治療の経過。
(2) 原告には、九才と六才の二児があり原告の受傷によりその家庭生活の安定を少なからず乱されたほか、原告の入院中、原告の夫が欠勤、早退して看護したためその給料、手当等を減額され、自賠法による保険金請求のために二六〇〇〇円を支出するなど不時の出費を余儀なくされていること。(〔証拠略〕)
(五) 弁護士費用
原告はその主張の如き費用を支出し債務を負担したものと認められる。
しかし本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは、着手金一〇〇、〇〇〇円、報酬一五〇、〇〇〇円合計二五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)
三、過失相殺
不認容。
被告は原告が前記標識の積み込みを手伝いながらその落下を防ぐような措置をとつていなかつたことをもつて過失相殺の理由とするようであるが、前記一の事実および説示に照らせば右の如き理由をもつて過失相殺すべきものとは認め難くその他原告に過失相殺に供すべき程の過失があつたとは認められない。よつて、被告の右主張は採用し得ない。
第六結論
被告は、原告に対し金二、二〇七、五七二円および右金員に対する昭和四三年一二月二五日(本訴口頭弁論終結の日の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 上野茂)
〔別紙〕 治療費、通院交通費一覧表
<省略>